※はてな移行後、完全に構成が崩れてしまい、現在、修正作業中です

NZ・クラブフィールド紀行へようこそ!


【 クラブフィールドスキー場とは 】

ニュージーランド(略してNZ)には、クラブフィールドと呼ばれる、ロープトゥーがメインのローカルスキー場が存在します。クラブフィールドは、地元のスキークラブが運営する非営利目的のスキー場で、このような運営形態のスキー場は世界的にも大変めずらしいそうです。
 →クラブフィールドスキー場(Wikipedia English)
        http://en.wikipedia.org/wiki/Club_skifield
私は2005~2009年までの5シーズンをかけ、お盆休みを利用して、カンタベリーエリアに存在するクラブフィールドを巡りました。各スキー場の解説、現地レポート、地図、近隣の観光スポットなど、右のメニューから直接お入りください。
当サイトの記事には、いわゆるコマーシャルフィールド(営利目的のスキー場)も含まれていますが、主にデジカメを使用し始めた2005年からの画像を中心に、日本人が行くことの少ないニュージーランドのローカルスキー場訪問の記録をUPしています。
また、書庫には、未滑走のスキー場や、未だ訪れたことのないスキー場も含めました。
今後の再訪の期待を込めて・・・

 


【 お知らせ 】

はてな」移行後に構成が完全に崩れ、現在、修正中(2020/06/02)
ほぼ、第1稿の完成をみる。長かった・・・(2016/07/28)
    第2稿、2004年までのQTエリアのコマーシャル関係(・・未定)
    第3稿、スキー場以外で訪れた観光名所などの記述(・・未定)
管理人が資格試験から解放され、4年越しの完成に向けて製作再開(2016/05/22)
野麦スキー場中心に活動中のFeeling Ski Schoolの女性インストラクターKaorinさんが、2015年にクラブフィールドを滑られました。たいへん内容の濃いレポートですので紹介させて頂きます。
   ・Feeling Ski with kaorin風味(http://kaorin-fss.cocolog-nifty.com/blog/)
      クラブフィールドツアー初日(2015/8/30)
      ~クラブフィールドツアー最終日(2015/9/5)

 



ニュージーランドは、赤道を挟んで、日本と反対側の南半球に位置する島国です。時差も3時間程度しかありません。英国連邦に所属しており、車は日本と同じ右ハンドルです。
NZの国土面積は268,680平方キロ。ざっと、日本の本州を東京~糸魚川で切って北海道を併せたような、そんな小さな国です。人口は約450万人。比較が難しいのですが、四国414万人、広島+岡山477万人に近いでしょうか。人口密度は約17人/km²・・・日本の人口密度約343人/km²と比較すると極端に低い数字ですね。「羊の方が人間より多い国」と称される由縁です。
ニュージーランドは南半球に位置しているので、季節は日本と真逆です。真夏の日本から真冬のNZへ・・・夏のオフシーズンにNZへスキーに行く日本人も多いのです。日本だけでなく北米からのスキーヤーも多いようです。
ニュージーランドの首都は北島にあるウェリントン。芸術面、特に映画産業に関しては、近年、世界的に有名な都市となりました。ウェリントン以外の主要都市として、北島のオークランド、南島のクライストチャーチがあり、日本からの直行便は、このどちらかの都市の空港に到着することになります。フライト時間は往路の方がやや長く、成田からオークランドが11時間半。私が行き始めた頃は関空オークランド直行便もありましたが、現在では成田~オークランド便が、ニュージーランド航空によって1日1便が運行されているようです。(頻繁に変わるので確認してください。)
 
※ANA・ニュージーランド航空の共同運航便というのもあります。
大韓航空関空発~インチョンを経由する方法や、カンタス航空でオーストラリアを経由して行く方法などもあります。格安航空チケットなどで探してみて下さい。
 
いずれにしてもNZに行くのは大変な長旅には違いありません。ある年などは、自宅→関西空港羽田空港→リムジンバス乗換→成田空港→オークランド空港→クライストチャーチ空港→レンタカー→宿泊先・・・といった具合で、自宅から宿泊先に落ち着くまでに30時間近くかかった事もありました。これを、スキーとブーツを含めた荷物24~25kgと共に移動するのですから、体力もと忍耐力の限界にチャレンジしているようなものですね。
 
さて、このニュージーランド航空、機内安全ビデオが実にユニークで、世界的にも有名なんです。
 →「ボディペイント編」国内線のみらしく、私も一度しか見たことがありません
 →「ホビット編」言わずと知れた映画「ホビット」のパロディ
 →「野外サバイバル編ディスカバリーチャンネルの番組「サバイバルゲーム」のホスト、ベア・グリルスが「サバイバルゲーム」のパロディで出演。番組を見てない人には面白味はわからないかも。

 


【 航空券の手配に関して 】

私が航空券の手配で特にお世話になったのが、ツアープランナー・ケイの國友さんでした。NZに行けなくなった2010年以降も年賀状を頂いております(笑)
      ・有限会社 ツアープランナー・ケイ      http://www.tourplannerk.jp/
   TOUR PLANNER K CO. LTD.
   東京都国分寺市東戸倉2丁目8ー32

 

個人旅行に変更することで、それまで一人当たり約30万ほどかかっていた渡航費用が、現地5日間(往復の航空券、レンタカー、宿泊、リフト代、ガソリン代など含む)で、約25万ほどに抑えることが可能となりました。現在でも大手フェローツアーなどでは35万前後、有名デモなどの同伴ツアーになると40~50万以上が相場ですから、個人旅行は、かなりリーズナブルだと言えますね(笑)
 
1日当たりの内訳を大ざっぱに書くと、宿泊(モーテル)5,000円、レンタカー(4WD)8,000円、ガソリン代2,000円、リフト代5,000円、食費(地元のスーパー利用)3,000円・・という感じで、1日当たり23,000円ほど必要でしょうか?
これに往復の飛行機代が加算されます。当然のことながら、複数でレンタカーを借りると、それだけ割り勘にできますから、大勢で行くほど割安になる・・・ということになりますよね。

 


【 ニュージーランド ドライビング・トラック マップ】

2009年までに関係のあったスキー場と全通過ルート(新しいタブで画像を開く)
ピンクのマークがクラブフィールド
青のマークがコマーシャルフィールド

 

私がNZを初めて訪れたのは2002年。系列会社に勤めるスキー仲間のSAK氏に付いて行ったのが始まりです。SAK氏は、長年、お盆休暇を利用してNZへ行っており、英語も堪能で、NZスキーのベテランと言える人物でした。当初、私は英語が全く出来ず、SAK氏に休暇を合わせて連れて行ってもらっている状態でした。2004年までの3シーズンは、クイーンズタウン近郊のコマーシャルフィールドを中心に滑り、SAK氏のお世話でヘリスキーも経験しました。
2004年に、ある印象的な出来事を経験し、それを機に現地フリーのパック旅行を止め、翌2005年からレンタカーで移動する個人旅行に変更しました。この出来事が無ければ、NZの南島のカンタベリーエリアを走り尽すような、そんなワイルドな経験は出来なかったでしょう。
人生を変えたある2つの珍事?とは・・・(笑)→「個人旅行に変えたきっかけ

 


【 スキー場訪問の記録 】

さて、前にも書きましたが、NZという国は、日本の本州を東京~糸魚川から切って、北海道を付けたしたような広さです。そんな中に約24か所ほどのスキー場があります。一方、日本の場合、埼玉~山梨~新潟のラインから北の道県にあるスキー場の数は、なんと380か所以上!人口密度から考えると、当然の結果なのかもしれませんが・・・

 

※日付をクリックするとYahooボックスのBestアルバムへ飛びます。
※スキー場名をクリックすると、各スキー場の紹介へ飛びます。
第2回 2003/8/12~8/14 トレブルコーン×2
第3回 2004/8/13~8/14 リマーカブルズコロネットピーク

《注釈》▲はクラブフィールド、()内は現地に行ったが滑れなかったスキー場、
ポーターハイツは2007年よりポーターズと名称変更した。

 

 


【 ナッツクラッカーとミトン 】クラブフィールドを滑る必需品!

クラブフィールドにチェアリフトは無く、ロープトゥーに引っ張ってもらわねばなりません。・・・が、そのロープトゥーを利用するには、ロープを掴むナッツクラッカーと、掴むきっかけを作るためにロープを握るミトン、そしてナッツクラッカーと身体を結び付けるハーネスが必要です。
ナッツクラッカーは日本での入手は困難でしょう。しかし、現地で貸してくれるので(※1)、日本から準備して行く必要はありません。スキー場によっては販売している場合もあるので、クラブフィールドの記念に購入するのも面白いでしょう。私は初めて滑ったクレイギーバーンで購入しました。
貸してもらえるとはいえ、場合によってはガタのある古い物だったりすることもあるので、次に行く機会のある方は購入しておくのがベターです。ハーネスも貸してもらえますが、皮製の腰ベルトタイプが主となりますし、外人サイズで身体に合わなかったりするので、クライミング用ハーネスを自前で準備するのが良いでしょう。
その際、大切なのが、ハーネスとナッツクラッカーをつなぐ太目のロープ(クライミング用のスリングなど)を準備しておくことです。
(※1)基本有料ですが、これはビジターである為と思われます。ビジターに無償で貸してくれる所もあるようです。現地にて確認して下さい。

クレイギーバーンで購入したナッツクラッカーとミトン。そして自前のクライミング用ハーネス。ナッツクラッカーは滑る時にじゃまになるので、ハーネスのギヤ・ホルダーに突っ込みます。
何となく短剣を腰に差した気分(笑)


ミトンは無くても大丈夫ですが、スキーグローブの痛み防止とロープを握る時の滑り止めとしてスキーグローブの上から装着します。


こんな感じ・・・
ちなみに、滑る時はこのままストックを握っても問題はありません。
一応、右手用なのですがロープトゥーが左にある場合は、左手に着け替えても支障はありません。


ナッツクラッカーとハーネス・・・
大切なのはこれらを結び付ける太目のロープです。長過ぎると疲れますし、短いとロープを挟み難い・・・現場で調整できるようにしておくと良いでしょう。
うまく調整できたら、手でギュッと握らなくても、手をナッツクラッカーに乗せるだけで移動できるようになります。


ナッツクラッカーはこんな感じ・・・
なるほど、胡桃割り器に似ている。右の部分にロープを挟みます。
動いているロープをいきなり挟むことはできないので、予め手でロープを掴んで滑り始め、もう片方の手に持ったナッツクラッカーでロープを挟みます。
あとは、ナッツクラッカーが開らかないよう、軽く押さえていれば、ロープトゥーの頂上まで運んでくれます。抜ける時はナッツクラッカーを外すだけ・・・

 

 


【 リフト券とレートの関係 】

洋の東西を問わず、スキー場を滑るからにはリフト券を購入しなければなりませんが、NZの場合、特にクラブフィールドのリフト料金(1日券)代がいくらなのか?とても気になる所だと思います。NZの場合、メジャーなコマーシャルフィールドで90~105NZドル、ローカルで80NZドルが相場です。クラブフィールド場合、コマーシャルフィールドに比べるとかなり安いものの、価格には開きがあり、日本から訪れる非会員の場合、50~75NZドルが相場となります。
気になる為替レートですが、現在(2018/08)1NZドルが75円です。従って、クラブフィールドをビジターで1日滑るには、3600円~5600円程度の予算が必要になります。日本の場合、リフト1日券は3500円~5000円が相場ですので、ほぼ日本と同じ感覚になると思います。ちなみに、コマーシャルフィールドの場合だと、105NZドル→7875円!結構、お高いですね・・・
なお、NZドルは平均すると70円台ですが、この10年間で65円~95円の間で変動しており、リフト1日券が75NZドルのクラブフィールドでも、その価値は4700円~7000円の間で常に変動しているという事を意識しておいて下さい。

 


【 レンタカーを借りる際に留意すべき点 】私の最後の渡航2009年時点の話

クラブフィールドに行く場合、4WDのレンタカーを借りるのは必須です(※2)。2WD車だと、天候によってはスキー場まで上がらせてもらえません。<レンタカー契約の際は、必ずチェーンも借りるようにして下さい。NZではスタッドレスタイヤは一般的でなく、レンタカーにスタッドレスタイヤは装着されておりません(笑)また、チェーンのサイズは必ず確認するようにして下さい。私自身、スキー場の手前で、いざチェーンを装着しようとした時、サイズが合わなかった・・・というトラブルを経験しています。また、タイヤの山(溝の深さ)を確認しておくのもポイントです。NZのレンタカーには、日本の規準では、まず車検に通らない、山の無いタイヤが装着されている場合があり、クレームを言って交換してもらった事もあります。日本国内の感覚のままでいると、未舗装の山道で取り返しのつかない結果を招くことになりますので、十分にご注意下さい。
そして、車両保険に関する重要なポイントなのですが、国道から外れてスキー場のアクセス路に入った瞬間から車両保険は適応外となります。つまり、スキー場のアクセス路で車を谷に転落させて全損させても、保険は下りなということです。クラブフィールドに限らず、このようなリスク(※3)があることを留意しておいて下さい。
 
(※2)2WD車が麓で足止めを食っても、ヒッチハイクすれば気軽に乗せてもらえます。1台の車に一人だけの時はパトロールが来て、誰か乗せてやってくれ・・・というようなことを言います。私も何度かヒッチハイクで乗せたことがありますよ(笑)
(※3)日本ではあり得ないリスクが存在する点に関しては、クラブフィールドに限らず、コマーシャルフィールドにおいても同様です!ご注意下さい。

 


【 現地に居を構える個人旅行代理店の話 】

クラブフィールドへ行って安全に戻るには、どうしても4WDのレンタカーとチェーンが必要です。前述の通り、2WDだとスキー場まで行くことが出来ない場合もあるのです。しかし、NZでは、スキーシーズン中の4WDレンタカーの人気が非常に高く、いざ、現地で車を借りようとして4WD車が出払ってしまっている・・・なんて最悪のケースも考えられるわけで、実際、2007年にはロードオブザリングの撮影隊がクライストチャーチ近郊の全ての4WDレンタカーを押さえてしまう・・・なんて事件もありました。そんなわけで、私は、レンタカーと宿泊先の確保に関しては、予め日本で済ませておくよう、常に心掛けていました。
ところが、私がNZでレンタカーを活用し始めた2005年当時は、レンタカー会社のインターネット予約サイトが普及しておらず、メールで直接やり取りする必要がありました。そこで、英語メールに自信の無かった私が目を付けたのが、日本語の通じるスタッフがいる現地の個人旅行代理店でした。当時、そんな会社が南島に2社ありました。その内の1社が「グローバルネット」だったわけです。(※2005年に利用したもう1社は対応が悪かった)
「グローバルネット」は、個人旅行のみならず語学留学やワーキングホリデーの手配も行う現地の旅行代理店です。2006年当時はクライストチャーチに事務所を構えていました。代表の上田氏は日本のスキー場に勤務していた経験を持つスキーヤーでもあり、私がクラブフィールドへ行くという事情を良く理解してくれ、レンタカーの手配に関してはずいぶんと配慮してくれたように思います。
私が遭遇したレンタカーのアクシデントの一例を挙げると・・・(笑)
      ・レンタカー代金の二重請求?
      ・レンタカー消失?事件
      ・パンク
      ・タイヤチェーンのサイズが合わない
      ・タイヤの山が無くツルツル
現地3~4日の日程で、1500km以上走る旅の途中で(時に1800km走った年も)、段取り良くトラブルを解決するために留意した点ですが、まず、上田氏に電話連絡を入れて事情を説明し、上田氏からレンタカー会社に事情を説明してもらい、その後に私が車を持ち込むようにしました。つまり、Hiro(上田氏)のお客が、こんな事情で困っているんだ・・・と、レンタカー会社に事情を理解してもらうよう、配慮してもらったいうことです。結果として、トラブルの際に上田氏に立ち合ってもらう様な事態は一度もありませんでした。
 
ちなみに、旅行代理店を通して予約をするということは、それなり手数料が発生して割高になるのは否めません。しかし、例に挙げたようなアクシデントに遭遇した際の保険と割り切って考えていました。ずれにしても、2006年から2009年の最後の渡航まで、上田氏にはいろいろとお世話になりました。私のスキーレポートが「お客様の声」としてグローバルネットのサイトに掲載されたこともありましたよ(笑)
      ・グローバルネット(Global Net New Zealand Ltd.) http://www.globalnetnz.com/
   Unit 6, Level 5, Southern Cross Building, 59 High Street, Auckland, 1010

 


【 宿泊に関して 】

クラブフィールドが集中するカンタベリーエリアの73号線の沿線に宿泊施設が点在しています。
 
いちばんスキー場に近い集落となります。
→Springfield(WikipediaEnglish) https://en.wikipedia.org/wiki/Springfield,_New_Zealand
 
オランダ人のコリンと日本人のケイコさん夫妻の経営するYHA。経営は先代から始まったようで、ケイコさんは、なんと、ワーホリのまま居着いて現在に至っているそうです(笑)
この宿の売りは、何と言ってもケイコさんの手料理!実際、遠い旅先で家庭的な食事にありつけるのは大変貴重です。時に日本食が食べられるのも魅力。
リビングの薪ストーブと古書の並んだ本棚、食事の後は薪ストーブに当りながらボンヤリと・・・。一応、日本式のお風呂もあります(男女共用なのでタイミングが難しいんですけど)
コリンは日本語、英語も堪能で、また、ポーターズ・スキー場のオフィシャルでもあるので、マイクロバスによるポーターズまでの送迎は、基本、毎日可能。子供達の、トシ、エリカ、ジョージも日本語堪能です・・・
ちなみに、この宿の唯一、最大の問題点は、2007年以降、お盆休みの期間は、アルペン競技・元オリンピック代表の岩谷高峰さん主催のレーシングキャンプで専有されてしまい、一般人の入るゆとりが全く無くなってしまった点です。岩谷さんは、とても気さくな方なのですが、日本人の集団に見ず知らずの日本人が溶け込むのは、欧米人の集団の中に溶け込むより難しい!!
また、パラリンピックチェアスキーの金メダリスト、大日方 邦子さんも良く利用されていました。一度は半相部屋になってびっくりでした。彼女のチェアスキーが印象的でした。
ちなみに、この「スマイリーズ」というネーミング、英語圏の人々にとっては少々変わったネーミングらしく、必ず笑います。日本で言うなら?大笑旅館?みたいな感じなのかもしれませんね。
 
地球の歩き方」などのガイドブックに掲載されている老舗ホテル。1階のパブは有名だとか。しかし、日本人の飛び込み客には少々敷居が高いか?!いつの日か、ここに泊まるのが夢(笑)
 
いわゆるコンビニです。お目当てのスキー場がOPENしているか?など、朝の買物ついでに、ここで情報を入手してから山に向います。
※ちなみにスキー場のオープン情報はSmylies Accommodationで聞くことも可能。
73号線から道一本、中に入った静かなモーテル。私は利用したことはありませんが、朝のランニングコースの途上にあり、印象に残っています。ランニングの途中、この宿から出てくるポーターズのカナダ人スタッフに何度か遭遇し、挨拶を交わしたところ、兵庫県ハチ高原スキー場にステイしていたそうで、大変驚きました。
 
スプリングフィールドクライストチャーチのおおよそ中間に位置する小さな鉄道駅の街。スプリングフィールドまで15分足らずであり、また、クライストチャーチ側に位置しているので何かと便利です。Mt.ハットやMt.オリンパスに行くにも比較的便利な位置でもあります。
そして、なんといっても、ダーフィールドにはスーパーマーケットがあって(※4)、長期ステイする際、たいへん重宝するのです。
(※4)スプリングフィールドにはコンビニしかありません。
 
73号線に面した広い駐車場のある宿。スーパーに近いので不自由しません。モーテルなので、基本、ホテルと違い、フロントを経由せずに部屋への出入りが可能。朝の早いスキーヤーには都合が良かったです。
広々とした芝生の庭が印象的でしたが、近年、向いに建物ができた模様・・・
 
飛び込み宿泊した知人によると、部屋数は少ないが気持ちの良い宿だったそうです。その時の料金は現地価格だったので一概に比較はできませんが、私の泊まったDarfield Motelより安かったとのこと。一階が感じの良いバーとレストランになっている点も魅力です。他のレストラン同様、一品がものすごい量です(笑)
 
ダーフィールドにある、いわゆる普通のスーパーマーケット。Four SquareはNZのスーパーのチェーン店です。
食品、雑貨、その他、生活必需品の大半を手に入れることが可能。ここで買ったシーズニングの瓶は今でも記念に持ってます。
 
 
ダーフィールドとスプリングフィールドの中間にある村。スプリングフィールド、ダーフィールドと同様、鉄道駅があります。何の変哲も無い73号線沿いの村なのですが、ここを走って目に付くのがパイ専門店の看板!!
 
ここのお勧め一番はなんと言ってもラム・パイ!
クラブフィールドのお昼弁当には、この店のラム・パイとビーフ・パイが最高です!日本でいうなら長野名物の「おやき」みたいな感じでしょうかね?ダーフィールドに宿泊した場合、ここでパイを買って、そのままクラブフィールドに向かうことができます。(スプリングフィールドからだと、一旦、クライストチャーチ方面に戻ることになる)

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目を惹く看板に思わず車を停めると・・・
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これまた目立つ看板のパイ専門店・・・
パイは全般に、他の店よりも少し大き目サイズで、食べ応えありです。

【 観光 】 73号線界隈の名所??など、少々・・・・

73号線沿線には、これといった観光地が無いのですが、押さえておくべき名所は存在します(笑)
 
73号線を北上し、ポーターズの看板を過ぎると、右手に奇妙な岩が林立する広々とした場所が見えて来ます。マオリ族の聖地でもあり、ボルダリングで世界的に有名なキャッスルヒルです。
 →Castle Hill (Wikipedia English) https://en.wikipedia.org/wiki/Castle_Hill,_New_Zealand
 →Googleストリートビュー


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キャッスルヒル、2007年。
まさに「岩城」ですね・・・

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先に進むと奇妙な世界が広がっています・・・
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この雰囲気・・・
NZの先住民、マオリ族の聖地だったというのがわかる気がします。
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キャッスルヒル、2009年・・・
舗装された道が完成し、ぬかるみに足を取られることは無くなくなりましたが・・・
マオリ族の聖地を・・・?!








☆☆アーサーズパス方面(Arthur's Pass)☆☆
73号線沿線のクレイギーバーンから更に北に先に進むと、アーサーズ・パス国立公園のエリアに入り、独特の風景が広がります。ワイマカリリ河沿いの道は、一部に道幅の狭い場所もありますが、舗装は滑らかで、比較的快適なドライブルートとなっています。
近隣に、テンプルベイスン・クラブフィールド(Temple Basin)があるのですが、73号線沿いの駐車場から約2.5km(約50分)登山をしなければスキー場に着かない・・・大変なスキー場です(笑)
 
 →Arthur's Pass(Wikipedia English) https://en.wikipedia.org/wiki/Arthur%27s_Pass

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独特の風景が広がります。
フィヨルドランド的な風景??

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アーサー峠駅・・・(笑)










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アーサーズパス、最高地点(笑)
ドブソンタワー
この手前400mほどの道沿い(右手)にTemple Basinの駐車場があります。







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Waimakariri河に浸食された広々とした谷を行く快適なドライブ路・・・


【 その他もろもろ 】 巡った場所などの紹介・・・・

レンタカーを活用し始めた2005年以降、スキーの合間に一人で走り回った、その一部を紹介します。
※※以下、編集予定・・・・・・
☆☆ スプリングフィールド写真館 ☆☆
☆☆ Omarama, Kurow, Hakataramea valley&pass(2006) ☆☆
☆☆ Oamaru, Moeraki, Palmerston(2006) ☆☆
☆☆ Ashburton(2006) ☆☆
☆☆ Twizel, Ohau(2005) ☆☆
☆☆ Fairlie(2008,2009) ☆☆
☆☆ Hanmer Springs, Clarence valley(2007) ☆☆
☆☆ Kaikoura(2007) ☆☆
☆☆ Akaroa(2007)  ☆☆
☆☆ Glenorchy(2002,2003,2008) ☆☆

 
Schi Heil !!  
 
(20170729)**********  

個人旅行に変えたきっかけ

【人生観を変えた旅行】
2005年から2009年まで、5回の個人旅行は私の人生感を大きく変えた。
それまで、自分が海外でこれだけ自由に活動できるとは考えもしなかったし、この5回の渡航で経験した内容は、添乗員に引率されて訪れるパック旅行では、到底、成し得るものではなかった。
その代表的なものが、日本人が行くことが稀だったクラブフィールドを含めたローカルスキー場を数多く滑った事であり、観光ルートから大きく外れたエリアのドライブであった。
 

イメージ 1

それを如実に表現したものが、左のNZドライビングトラックマップである。2002年から2009年までの間、何らかの形で通過した場所を全てマーキングした地図だ。
 
この地図を見て改めて感じるのは、2002年から3年間に訪れたエリアというのは、クイーンズタウン~ワナカ近郊の、NZでも極限られた狭い地域だったということだ。
 
一方、2005年からの5年間に訪れた場所は、ざっと見積もっても、それまでに訪れたエリアの20倍以上はあるだろか・・・。ほぼカンタベリーの全域を走り尽した状態である。
 
これらを、風邪でダウンした1日を除いて全て運転している。
また、大ざっぱにその約半分は単独行動によるものであった。この地図上で運転できなかったのは、クイーンズタウン近郊の各スキー場への道、クイーンズタウン~アロータウン。クイーンズタウン~カードローナ。そしてクイーンズタウンクロムウェル~アレクサンドラ~パーマストンまでである。
 
【個人旅行への布石】
きっかけは2004年にさかのぼる・・・・・
 
NZに何度も行くと、毎回、帰国後、周囲からいろいろな質問を受ける。食べ物はどうなのか?名物は何なのか?人々の暮らしはどうなのか?初めてNZを訪れた当初は、見るもの全てが珍しく、特にスキー文化に関してはカルチャーショックに近い状態だったが、3回目を迎える頃には新たな思いが芽生え始めていた。
 
長年、相方であったスキー仲間のSAK氏は、これまでに幾度となくNZを訪れているNZスキーの大ベテランで、既にSAK氏なりのNZスキー旅行のパターンが出来上がっていた訳だが、そこに私が便乗して3回のNZ渡航となった。特に初回の2002年に関しては、SAK氏のお蔭で、初海外スキーに加え、Mt.クックエリアのヘリスキーも経験することができた。ヘリスキーは、私にとって長年の憧れであり、スキー人生の一つの目標だったと言って良い。これらはSAK氏の、いわゆる引率無しには果たせなかったといえる
 
それまで、SAK氏の引率で訪れていたクイーンズタウンは、NZ観光のメッカと言える国際的にも有名な観光地だ。多少、ざわついてはいるものの、自然豊かな、大変美しい町である。近隣のグレノーキーやアロータウン、ワナカも自然豊かで申し分無い。
 
一方、クイーンズタウン周辺で見聞することが、そのままNZの人々の暮らしぶりとは言えないのも事実である。
これは、浅草や白川郷に行った人なら良くわかるはずだ。浅草や白川郷は紛れもなく日本であり、人々の暮らしもあるのだが、そこでの暮らしは一般基準の日本とは程遠いものである。これら観光地を訪れて日本を知った思うのは早合点だし、間違いでもある。同様のことがクイーンズタウンにも言えていた。
 
加えて、我々が行っていたのは日本国内のスキーの延長で、滑る場所がNZのスキー場という以外、日本と大きな違いは無かった。夜の食事は、毎回、レイクサイドパレスの中華料理で、ホテルの部屋に戻ると、後は疲れて寝るだけ。バブに繰り出して騒ぐゆとりも無かった。だからと言って、観光客が大勢集まる観光スポットに行く気など、さらさら無かった。 ※→思い出のレイクサイドパレスの中華料理
 
NZにスキーに行っているのだから、もちろんそれで良かった。逆に、悪天候などで観光だけで終わってしまうことがあれば、その方が大問題である。
 
話は国内になるが、私自身、2010年までの10年間、ほぼ毎年のように八方尾根で年末年始を過ごしていた。「八方以外にもスキー場はいくらもあるだろうに・・・。」当時、多くの人から良く言われた。しかし、八方遠征に至るまでには数多くの国内スキー場を滑っており、同じスキー場に連続して行くにしても、それには理由があるということだ。つまり、クイーンズタウンに行き続けるにしても、少なくともカンタベリーのいくつかのスキー場と地域を訪れておく必要はあったということだ。
 
【2004年の珍事】
そんなことを考え始めた2004年の渡航も終わり、クイーンズタウンから国内線でオークランドに移動する朝、事件は起こった。クイーンズタウン空港に着くと何やら様子がおかしい。驚いたことに、前夜から降り始めた雪の影響で、フライトが軒並みキャンセルとなっていたのだ。
 
オークランドでは1日の予備日があったので、帰国には支障はなかった。しかし、見えない先行きに、誰もが不安に駆られたのは言うまでもない。2時間近く待たされただろうか?現地添乗員が我々に告げたのは、キャンセルとなった便の乗客全員でクライストチャーチまでチャーターバスで向かうという話だった。日本に帰る我々は、明日の夜明け前の飛行機でオークランドへ移動、国際線に乗り継いで、日本に帰国するのだという。
 
クーンズタウンからクライストチャーチへバスで移動・・・距離にして約470km、5時間以上の長旅である。これは成田が閉鎖になったからバスで名古屋空港に移動するのとほぼ同じ状態だった。
この突然の出来事に、私は内心喜んでいた。これまで見たことが無いNZの風景に出会えるからだ。
 
【素晴らしいバス旅行】→思い出のバス移動(2004年)
チャーターバスに乗車したのは正午過ぎだった。座席は、補助席も含め全て埋まっていたように記憶している。日本人は我々の他に、年配の夫婦が1組だけだった。
 
クイーンズタウン空港を出て、しばらくヘイズ湖の脇を走る。この道はアロータウンに行った時に一度通っていた。バスはそのままクロムウェル方面へと向かった。カワラウ川に掛かる橋を渡ると直ぐ、バンジージャンプ場があり、まさにジャンプする男性が車窓から見えた。バンジージャンプの発祥はNZだというが、実際に人が飛ぶところを見たのは、NZに来て初めてだった。
 
バスはクロムウェルを通過すると、橋を渡って左に曲がった。のどかな田園風景の一本道を走る。
ほどなくバスは、なだらかな丘陵地帯を過ぎて、山岳地帯に入って行った。水場の脇に柳の木の一種だろうか?独特の繁みが印象的だった。→Googleストリートビュー
 
イメージ 4
走り始めて2時間が経過した頃、山間の不思議な空間を通過した。リンディス・パスという、絵葉書や写真集の題材にも良く使われる名勝だった。
 
実は前年、NZの自分の土産として、バラ買いで5枚の絵葉書を購入していた。その内の1枚が、このリンディスパスだった。他の4枚は、全て訪問した場所の思い出に購入した物だが、このリンディスパスの1枚だけは、その独特の雰囲気に惹かれて手にした物だった。
 
ところが、この絵葉書、たいへん上質で、サイズも普通の絵葉書の倍ほどあった。写真も「作品」と称して良いぐらい出来だった分、驚くほど高価だった。この無駄?とも言える1枚を購入するのに、手に取っては元に戻し・・悩んだ挙句の購入だった事が思い出される。それが奇しくも、翌年、こうして通過することになったのである。
  リンディス・パス→Googleストリートビュー
 
このリンディスパスの風景を目にした時、ある思いが私の心中に芽生え始めていた。そして、オマラマ、トワイゼル、テカポ、フェアリー・・・と、クライストチャーチに続く沿道の風景を車窓から見続けるうち、その思いは強い衝動へと膨らんで行った。 「この道を自分の手で運転してみたい・・・!」
 
午後3時頃、オマラマでトイレ休憩となった。この時、バスをチャーターした航空会社の計らいで、食事は全て無料ということだったが、空腹感は無かったので何も口にしなかった。休憩も終わり、全員が座席に着いて、さぁ、出発・・・という時、なかなかバスが発進しない。そうしている内にバスが故障したという事実が乗客全員に伝えられた。日本の常識では、到底、考えられない話である。ところがこの時も、さほど不安は感じなかった。何とかなるだろう・・・という感じである。
 
情報では、直ぐに代替えのバスが来るのだという。そして30分ほど待つと、どこからチャーターしたのか?本当に代わりのバスがやって来た。荷物は積みかえなくても良いという。朝からハプニング続きだがロスは最小限で押さえられた感じだった。
 
30分ほど走るとバスはトワイゼルの町をかすめるように通過した。車窓から小さな小屋が5軒並んだモーテルが見える。それぞれの小屋に文字が一つづつ、「M・O・T・E・L」と掲げてあった。面白いことしてるな・・・と印象に残った、そのモーテルの左端の“M”の小屋に、翌年、宿泊するとは、この時は夢にも思わなかった。
 
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ほどなくバスは、プカキ湖沿いの道へと進んだ。噂に聞いていた通り、青白い湖面が印象的だった。これは氷河に削られた岩の微粒子が湖水に混ざってこのような色になるのだという。湖面の向こうにはNZ最高峰のMtクックが、その雄姿を見せていた。その少し右手に、2002年にヘリスキーで滑ったエリアが確認できた。当時は向こう側からこちらを見ていた訳で、そこを今こうやって走っているのは、実に不思議な感覚であった。
 
※右の写真は2006年に撮影したプカキ湖。削られた岩の微粒子の影響で、見る角度によって色が変わる。
 
 
テカポ湖を通過する時に、一瞬だけ有名な観光スポットである「良き羊飼いの教会」が見えた。観光地巡りのような、このチャーターバスでの移動に、少々、感動を覚えた。この時点で、既に自分たちが、フライトがキャンセルとなりトラブルの渦中にある事などすっかり忘れて、観光気分となっていた。
 
フェアリーの町の手前で夕暮れとなる。この時は、一面の雪景色と、日没と反対方向の空に見える地球の影が印象的だった。バスは地球の影の方向に向かって走っていた。この時ほど「地球」を意識したことはない。車窓から見える北の空のずっと先に、自分たちが住む日本があるのだ。そして自分たちは、今、日本から遠く離れたNZの大地を走っている・・・。この事実に、ある種の感動を覚えていた。
 
この時はフェアリーは通過しただけであったが、我々がフェアリーを通過する前の週、私のスキーの師である白馬村のTOK氏が、このフェアリーの町をベースに、Mtドブソンスキー場でのスキーキャンプ(A、Bの2班で約2週間)を催行していた。そんな縁もあって、このフェアリーの町はその後も幾度となく訪れることになる。
 
何と言っても、初めての海外の運転で、初めてガソリン給油をしたのは、このフェアリーの町のカルテックスだった。セルフ給油もその時は初めてで、隣で給油していた若いお兄ちゃんに質問すると親切に教えてくれた。
これなら大丈夫・・・この時、個人旅行でやって行けるという確信を持てた思い出のスタンドである。
 
フェアリー以降のドライブは夜間となり、クライストチャーチ市街に入るまでは外灯も無く、車窓からは、ひたすら暗闇が見えているだけだった。しかし、それでも強く印象に残っているものが一つある。それは遠くの山の中腹に見える一点の光だった。その光はかなり強い光で、そこに何があるのか?スキー場でもあるのかな?などと考えていた。ジェラルディンからカンタベリー平原に入り、直線が延々と続く1号線から長時間見えていた。当時はわからなかつたがMtハットスキー場でも無いようだ。今となってはあやふやな記憶だが、Mt.Peelの中腹に見えていた様に記憶している。
 
夜9時を過ぎた頃、やっと、バスはクライストチャーチ市街に入った。路肩に並ぶ外灯の、ナトリウム灯のオレンジ色の光が印象的で、その光の向こうに、平屋の住宅街が淡く照らし出されていた。住宅は概ね平屋で、日本のような2階建てはほとんど見当たらない。ここに至って、初めてNZの庶民の生活を垣間見た思いだった。
 
その夜、どこのどんなホテルに泊まったのか?大聖堂の付近だったという意外、全く記憶がない。おそらくColombo.St 沿いのどこかだったと思われる。10時過ぎだったが、オークランドとはずいぶん印象が違い、土産物店も少なく、多くのレストランは閉店だった。遅い夕食は、この時もSAK氏の選択で韓国料理となった。閉店で選択肢が無かったのも理由であるが・・・。
 
食事の後に、ほんの少し夜の大聖堂を見に行った。大聖堂の広場にあるモダンな金属製のモニュメントが、石造りの大聖堂とは不釣り合いに思えた。
 
余談だが、今回、この紀行文を書くにあたり、当時、どこに泊まったのか?どこの韓国料理店に入ったのか?Googleストリートビューで調べてみた。映像を見ると、工事現場だらけで当時を偲ぶものは見つけられない。2011年初頭のクライストチャーチ地震の被害である。その惨状は、衛星写真を見ても目を覆うばかりである。
クライストチャーチ地震の3か月後、東日本大震災があり、現在も北陸一帯の海岸沿いは復興していない。まさにそれと同じ状況がクライストチャーチ市街の中心部にあった。
 
後に幾度となくお世話になる個人旅行会社、グローバルネットの住所がクライストチャーチではなくなったのも、地震の被害の影響である。今回、上田氏に連絡を取って、そのことを初めて知った。2012年当時、「ようこそ」ページにグローバルネットの紹介記事を書きながら、住所が変わったことに何ら疑問を感じなかった。我ながら少し情けない気がする。
 
【2005年以降の展開】

 
2004年の帰国時に、図らずも、このような素晴らしいバスの旅を経験したことにより、もう一度この道を自分の手で運転したい・・という強い思いが芽生えた。
 
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それに加え、私のスキーの師であるTOK氏が催行したスキーキャンプの際、オプションで訪れたというオハウ・スキー場(コマーシャル)のことを知り、ぜひとも、このロケーションを滑りたいと考えるようになった。
 
それにはTOK師匠のスキーキャンプに参加するのが一番手っ取り早かったのだが、前述の通り、お盆前の催行で日程が全く合わない。加えてオハウは、空港のある主要な町から大きく外れており、日本から行くパックツアーも存在しなかった。
※右の写真はオハウ・スキー場(2009年撮影)
 
 
つまり、オハウを滑り、バスで通った道をもう一度、自分の手でドライブするには、たとえ一人であっても個人旅行を計画するしか方法は無かったのだ。
 
こうして人生初の海外個人旅行計画は、レンタカーを借りて運転、オハウスキー場に一番近いトワイゼルの町をベースにスキーをするという壮大なものとなった。オハウを目的地に選んだことで、バスで移動した道を逆に走ることにもなり、一石二鳥であった。
 
まず、旅費の面でいうと、大韓国空の格安チケットを利用することで、レンタカーやガソリン代、食費、リフト券を含めても、一人当たり24万程度になる見込みとなった。それまで利用していたパックツアーの費用が30万を少し切るぐらい、大手、フェローツアーなどは34万ほどだったから、個人旅行はかなり割安だといえる。
 
この計画を、年末年始の八方遠征の際に相方のSAK氏に打ち明けてみると、意外にもあっさりとOK、同行するという話になった。単独でも行く心構えでいたので、少々面食らってしまう。言い出しっぺという立場もあり、予約などの段取りは私が全て行い、運転も全て私が行うことにした。それでも万が一に備え、SAK氏にも国際免許の取得を依頼した。
 
問題となるのはレンタカーの運転と宿などの予約、そして英会話だった。
車の運転に関しては、NZは日本と同じ右ハンドルで、比較的運転しやすいと聞いていた。レンタカーや宿泊先の予約は現地の個人旅行会社を利用することで解決。残るは英会話だけである。
 
この英会話に関しては、SAK氏に引率されてのクイーンズタウンでの3回は、ろくな思い出は無い。その最たるものが、実は前年の2003年に起こっていた。この事件がなければ、その後もSAK氏におんぶ状態でNZにいっていた可能性はある。また、個人旅行の計画も途中で立ち消えになっていたかもしれない。
 
【もう一つの珍事】
2003年の第2日目、リマーカブルズでスキーを終えたSAK氏と私は、クイーンズタウンに戻るシャトルバスの出発を待っていた。リマーカブルズの名物エクストリーム斜面、「エレベーター」「エスカレーター」を滑り過ぎた関係で我々が最後の乗客となっていた。スキーを積み込み、あとは、最後の乗客である私が乗り込めばバスは出発という状態だった。
 
いざ、バスに乗り込もうとしたその時である。胸元に入れたチケットが見当たらない・・・滑走中にどこかで落としたようだ。荷物を探せば見つかったかもしれないが、バスはもう出発寸前である。荷物は既に積み込んおり、手元には財布しかない。私は顔面蒼白になった。
 
バスの運転手に、状況を伝えようとしても、英語が全く通じない。危機的な状況の中、肝心要の通訳係であるSAK氏は、バスの奥の席に鎮座して私の切迫した状況に気付く様子も無い。
 
しばらく、バスの運転手と会話にならないやり取りをした後、運転手は進展しない状況に見切りを感じたのか?「OK、乗ってもいいよ!」という仕草を見せた。ラッキーである・・・NZにはヒッチハイクの習慣があり、定期運航のバスであっても例外ではない。ヒッチハイク一人ぐらい構わないと考えたのであろう。大らかなNZならではの話だと思う。彼の好意が無ければ、私は荷物も無く、単身、スキー場に取り残されていた。
 
そして、ホテル前でバスを降りる時、運転手に感謝の気持ちを伝えたかったのだが、それすらも上手く行かなかった。チケットを紛失した失敗より、感謝が上手く伝えられなかったことの方が、精神的ダメージは大きかった。
 
後になって聞いたところによると、SAK氏は、私がなかなかバスの車内に上がって来ないことを不思議に感じていたという。おそらくSAK氏も疲れでぼんやりしていたのではないか?
 
【NZからの帰国後】
そんな珍事があった2003年のNZスキーだったが、それは当然の結果だと言えた。
当時の私は、絵葉書を出すのに切手1枚、まともに買うことができない状態だった。もちろん、小さな失敗を何度も繰り返して行けば、次第に英語力が身に付いて行ったはずだが、何かに付けてSAK氏を通訳代わりにしていたのは事実である。この事件は、そんな片翼的な状況が招いた必然的な結果であり、いずれ、シャトルバスに乗れず、本当に置いてきぼりにされる時が来たはずだ。
 
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こんな事件もあり、翌2004年の渡航直前には、駅前留学で有名だった英会話スクール「NOVA」六甲道校で、英会話短期集中トレーニングを受講した。そして、2004年の渡航直後、本格的に英会話を習う決意をする。当時はまだ職業訓練基金の支給を受けるコースが存在した。正確な内容はいずれ調べたいと思うが、途中でコースの変更なども行って、足掛け2年は通った様に思う。実際の負担金は7万程度だったように記憶している。
 
個人旅行に英語は付きものである。この事件を契機にNOVAに通い始めたことが、結果として、私の個人旅行計画を後押しすることになったのだ。
 
 NOVAでの逸話は→「駅前留学とアーサーの家族
 
【稀に見る経験・・・】
この個人旅行は、結果、5回続いたわけだが、特に2006年からの4回は、かなり異質なものだったと言える。
私が先に一人でNZに行き、モーテル泊を続けてマッケンジーを徘徊。クライストチャーチに落ち着いた後に、SAK氏を空港まで出迎えたり、また、先に帰国するSAK氏を、夜明け前に空港まで送って、その後、好き勝手に走り回ったり・・・。はたまた、2003年のNZで知り合ったFJI夫妻をクライストチャーチのホテルでピックアップして、スキー場や観光スポットに案内したり・・・まるで現地ガイドまがいの状態となった。
 
スキーを始めた1989年当初、自分が海外スキーに出かけて、海外でこれだけ一人で動けるとは、想像すらしなかった。ある意味、自分の事でありながら、他人の人生の様にすら思える。
この個人旅行での経験は大きな自信へと繋がったのは事実だ。自分の潜在能力に驚きすら感じる。当時は、こと、NZに関しては、思い描いた願望が次々と実現して行ったように思う。心に夢を思い描くことが人生では大切なのだと強く認識した。そして、2009年頃には、こうやって深みにはまって行く自分が少し怖くなって行った。
 
ある年は、現地5日間で、総走行距離1800km以上を運転した年もあったが、タイトなスケジュールに心理的ストレスも最大級だった。また、運転だけに限らず、ヒヤリとする出来事もしばしば遭遇した。特に個人旅行の場合、帰国の際に、2004年のように国内線のフライトがキャンセルになったり、早朝、空港に向かう途中でレンタカーがパンクしたりすれば、もうお手上げである。ある意味、不測の事態が起こらないことが前提の旅だったと言っても良い。(※)ここまでのトラブルだとNZ人であっても対応は無理だろうけど。
2010年の3度目のモンゴル渡航を契機に、22年務めた会社を辞めてからは、NZには全く縁が無くなってしまった。寂しいことではあるが、それで良かったのかもしれない。
 
現地で知り合い、毎回のように接近遭遇した広島のFJI夫妻は、まだNZに行ってるのだろうか?NOVAの講師だったアーサーやアレックスはその後、どうしているのだろう?歳月は流れ、2009年の最後の渡航から7年が過ぎた。その間、クライストチャーチ地震があり、懐かしい風景も変わってしまったようだ。それでも、こうやって手記をまとめながら、またいつの日か、自分の手でNZの道を運転する日を夢見ている。
長年、相方だったSAK氏は、その後も変わらず、毎年、単独でNZへスキーに行き続けている。
 
 
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◇◇ Porters ◇◇解説

【 ポーターズ ・ Porters 】


【解説】
ポーターズは、クライストチャーチから一番近いコマーシャルエリアである。2006年まではポーターハイツと呼ばれたカンタベリーで一番古いコマーシャルフィールドである。(オープンは1968年)
 
コマーシャルとはいえクラブ色が強いスキー場であり、カンタベリー最大のコマーシャル・エリアであるMt.ハットとは対照的な雰囲気を持っていた。ところが、近年、クワッドチェアリフトが新設され雰囲気も様変わりしているようだ。
 
ポーターズのベースは何といってもスプリングフィールド(Springfield)である。スプリングフィールドから73号線をアーサーズパス方面に20分ほど走ると、左手にゲートが見えて来る。ゲートからスキー場までのアクセスは約15~20分。ダート路ではあるが、舗装路並みに整備されているので、安心して走れる。ただし、NZの他のスキー場よろしく、ガードレールは無いので、道を逸れると谷底に落ちてしまうのでご用心を・・・。
 →スキー場の入り口;Googleストリートビュー
 
ポーターズへは、ダーフィールド(Darfield)や、さらにはクライストチャーチ中心部からでも、十分にアクセス可能である。積雪も比較的安定しており、オープン率も非常に高い。
 
リフトは、以前は、T-1~3まで、3本のTバーがあったが、近年、T-1のTバーが廃止され、クワッドチェアリフトが新設された。人工降雪機も完備しており、夏のアルペンレーニングには最適な環境が整っている。日本からも、カルガリーオリンピック・SL競技日本代表の岩谷高峰さん主催のレーシングキャンプが、毎年、7月末から約1ヶ月間、ここポーターズで催行されている。このキャンプの手配は、私も長らくお世話になった、ツアープランナー・ケイの國友さんが担当している。
 
ポーターズのコースは比較的、均整の取れた、長深いボウル地形に設けられている。ボウルの下部は、人工降雪機のある圧雪された中斜面、両サイドは非圧雪の急斜面となっている。スキー場トップから滑ってみると、緩斜面から急斜面までのバランスが取れているスキー場だということがわかるはずだ。また、片斜面が少なく、滑り易いのもポーターズの特徴と言える。
 
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非圧雪斜面として、Big MamaとBluff Faceの2大斜面を有するのもポーターズの特徴である。クワッドチェアの乗り場から見て、左手がBig Mama、右手がBluff Faceである。
 
滑走距離はBig Mamaが約800m、Bluff Faceが約700m、共に横幅も広く、気が遠くなる様な大斜面だ。
 
ポーターズ一番の名物斜面と言われるのBig Mamaだが、オープンしてることは少なく、日当たりが良いため雪質もどちらかというと悪い。降雪直後の晴れた午後は最悪だと言う。
 
その点、Bluff Faceは、オープン率も高く、午後まで日が当たらず雪質も維持されている。斜度もやや、Bluff Faceの方が急だと感じる。
個人的にはBluff Faceのロウソク岩(個人的に命名)からの1本が、ポーターズのお勧めである。
  
レストハウスは、こじんまりしているが、2006年に新しい近代的な雰囲気の物に建て替えられている。以前のレストハウスは丸い形をしており、中は薄暗く、少々、不思議空間だった。それはそれで面白かったのだが(笑)
建物は現在もまだ取り壊されずに残っているようだ。
  
観光名所として、近隣の75号線沿いに、世界的にも有名なボルダリングエリア、奇岩の密集したキャッスルヒルがある。スマイリーズでマットを借りればボルダリングが可能である。私も一度だボルダリングをしに行った。
 
 →73号線から見るキャッスルヒルGoogleストリートビュー 
 

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また、保養地として有名なアカロア(Akaroa)も比較的近い。クライストチャーチから約1時間半程度のドライブで行くことが可能だ。もし、半日のゆとりができれば、十分に往復できる距離である。
 
アカロア(Akaroa)→https://en.wikipedia.org/wiki/Akaroa(英語)
  
 

【Web】 
  
Wikipedia English】 
  
【位置】↓クリックするとGoogle地図に移動します。 
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【訪問履歴】
◆2006年8月16日(火) 2006/Aug/16(Tue)
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 昨日までガイド役だったHTK氏が帰国したので、SAK隊員と共に訪れる。天候も良く、素晴らしいスキー日和だった。
 
◆2007年8月15日(水) 2007/Aug/15(Wed)
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この年は積雪が少なく、他で滑れたのはブロークンのみ。この日、滑れたのは圧雪コースのみ。翌朝の帰国に備えて、早目に切り上げた。
 
◆2008年8月15日(金) 15/Aug/2008(Fri)
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前年とは違い豊富な積雪に恵まれた。ほぼパウダー祭り状態である。明日、早朝に帰国するSAK隊員を考慮して、正午には切り上げる。
 
◆2009年8月15日(土) 15/Aug/2009(Sat)
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長年、NZ渡航の度に遭遇し続けたFJI夫妻を乗せ、SAK隊員と共に4名で訪れた。当日は生憎の雨、そしてアイスバーン・・・ほとんどをレストハウスで過ごす。
 
 

Schi Heil !!  

◇◇ Mt.Cheeseman ◇◇解説

【 Mtチーズマン / Mt.Cheeseman 】
 

【解説】
Mt.チーズマンは、クライストチャーチから伸びる73号線沿線のクラブフィールド・スキー場群の一つである。クライストチャーチからだと、ポーターズの次、2番目に位置するため、比較的、アクセスは良い。スプリングフィールドから73号線を約30分走ると、左手にゲートが見えてくる。見通しの悪い下り左カーブの先に入口があるので、行き過ぎないように注意が必要だ。
 →スキー場の入り口;Googleストリートビュー
 
アクセス路に関しては、一部、川沿いに狭い場所はあるが、概ね良好だと言える。ゲートから駐車場まではチェーン装着の時間を含めても約30~40分程度。他の沿線スキー場より、ややアクセス路が長い感じがするが、それは延々と続くダートの直線のせいかもしれない。
 
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チーズマンのリフトは、クラブには珍しくTバー主体である。Tバーが2本、ビギナー用のロープトゥーが1本が設置してある。
レストハウスも新しく近代的なので、設備面だけでいうとコマーシャルフィールドっぽいとも言える。
 
また、チーズマンは、コース面においても一般的クラブフィールドとは少し印象が違う。一般的クラブフィールドと同じくボウル地形にスキー場が設けられているものの、全体的にかなりメロウな斜面が多く、急斜面は少ない。また、ボウルの底が広いため、片斜面が少ないのも特徴である。
 
雰囲気的にはカードローナを縮小した感じで、日当たりも良く、明るい雰囲気が漂っている。ただし、日当たりが良いため、他の73号沿線のスキー場に比べると、若干、雪質が悪いように感じる。
 

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全体的にメロウな斜面中心だが、それでも、メインTバー右手のエリア、Gunbarrel、PineTree、Noggy's Gardenは、滑るに従い斜面は次第に落ち込んで行き、まるで73号線の麓に飛び込むが如くの緊張感が得られる。

両サイドに急斜面は、Tバーから遠くなるほどトラバースが増えるので、あまり滑られてない印象だった。
 
私が訪問した当時は、スキー場エリアの左手のバックボウルが滑走可能だったが、現在のマップを確認すると、完全なエリア外となっている。滑られる場合は確認されたい。片斜面で快適とは言い難かった・・・
 
 
チーズマンには、前述の通り、こじんまりとしているが、近代的なレストハウスが存在する。比較的、最近の建造らしく、トイレも清潔だった。
 
また、クラブでは珍しく、レストハウス内には売店もあった。サンドイッチやスナック類が中心になるが、種類は豊富だったと記憶している。スタッフもテキパキ動いていて気持ちが良かった。

NZのスキー場全体、特にクラブフィールドに共通して言える事だが、スタッフの動きがテキパキとしており、かつ、フレンドリーなのには驚かされる。日本のスキー場も見習ってもらいたいものだ。
 
 
近隣の観光地としては、「Cave Stream Scenic Reserve」がある。私は行ったことが無いが、洞窟を流れる沢を遡行できるらしい。冬場はやってないと聞いた。
 
 →Cave Stream Scenic Reserve;GoogleMap
 →Cave Stream Scenic Reserve;Googleストリートビュー
 
また、Castle Hill 以外にも、Parapet Rock、Flock Hill 、Dry Valley、Gorge Hill 、Prebble Hill など奇岩地帯が密集している。これらの奇岩地帯は、チーズマンやブロークンリバーからも眺めることが可能だ。

 →Flock Hill などの奇岩地帯;Googleストリートビュー
 
 
 

【Web】
 
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【訪問履歴】
◆2006年8月15日(月) 15/Aug/2006(Mon)
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この日はスマイリーズで知り合ったHTK氏をガイド役に、SAK隊員と3名での訪問となった。麓は雪模様だったが、上では快晴。素晴らしいスキー日和だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
◆2008年8月16日(土) 16/Aug/2008(Sat)
帰国するSAK隊員を空港まで送った後、ぶらりと訪れてみた。積雪で昼近くまでクローズだったこともあり、午後はパウダー祭りであった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
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◇◇ Broken River ◇◇解説

【 ブロークンリバー / Broken River 】
 

【解説】
ブロークンリバーは、クライストチャーチから伸びる73号線沿線のクラブフィールド・スキー場群の3つ目に位置するスキー場である。ベースはスプリングフィールドだが、3つ目に位置するため、やや遠くなって来る。(※運転は30分程度)

73号線からのアクセス路への入口は、直線の途中にあり、周囲に繁みがあるので少しわかり難い。
 →ブロークンの入り口;Googleストリートビュー
 
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ブロークンリバーの名物は、何と言っても駐車場からスキー場に荷物を運び上げる、荷揚げ用リフト(カーゴ)であろう。

カーゴにスキーなどの荷物を載せ、スキーヤーは歩いてスキー場まで上がる。徒歩時間は40分以上とされているが、実際はスキーブーツで歩いても20分程度だった。帰りは、カーゴに荷物を載せて人は歩いて降りる。雪があれば夏道を滑って降りる事も可能だ。

このカーゴは、現在では人も乗れるようになっているらしい。実は、私も2007年の訪問時に、このカーゴに乗せてもらった記憶がある。ただし、スピードが遅く、待ってる間に歩いた方が早いように思える。
 
カーゴに乗せた荷物をリフトの上で受け取ったら、お次はロープトゥー乗り場まで、もう一踏ん張り、歩かねばならない。それが10分程度だろうか?木製の階段もあるので、少々、歩き難い。
この結果、駐車場からのトータルの歩行時間はやはり40分弱ぐらいになるように思う。この歩行時間やカーゴによる荷揚げの待ち時間などを含めると、アクセスは悪い部類に入るスキー場と言えるだろう。ただし、その手間がある分、隣のクレイギーバーンより空いている感じがする。

ブロークンリバーには、初心者用を含め、ロープトゥーが5本ある。使うのは主にAccess Tow、Main Tow、Ridge Towの3本である。珍しいのは尾根に沿って走るRidge Towだろう。最後がせりあがって行くので、苦手な人は結構いるようだ。特にボーダーは大変である。
 

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斜面は広く、中~急斜面主体である。ボウルの中は滑り放題だが、ロープトゥーへのアクセスを考えると、おのずと滑走ラインは限られて来る。そのため、やや片斜面を多く滑ることになってしまう。
Main Towを普通に滑ると、やはり片斜面となってしまうので、思い切ってロープトゥーを越えて、スキー場エリアの端からMain Tow乗り場に向かって滑ると良いだろう。

尾根のRidge TowでNervous Knobまで上がると、岩場を抜けるスリリングなブラックダイヤモンドな斜面が待っている。隣のボウルのAllan's Basin側も全て滑れるようだが、ロープトゥー乗り場へのアクセスを考えると、どうしてもロープトゥーに近い方を滑ることになるようだ。最後はトラバースして一番下のロープトゥー乗り場まで行くらしい。
(※)訪問時は雪不足で下まで滑れず、途中で戻ったので未確認。

話によると、Allan's Basinを滑り続けると、下山の夏道に合流するらしい。途中からスキー場エリア外となるが、日本とはスキー場エリア外の考え方が違うので、その辺りは現地で確認して欲しい。

2007年当時、スキーハウスに売店は無かった。今でも無いはずなので、自分達で食料を準備する必要がある。クラブフィールドよろしく、調理場を借りて調理することは可能である。後片付けは必須だ・・・。

スキーハウスのテラスにバーベキュー台が常設してあり、頻繁に肉が焼かれている。ここブロークンで、ビーフステーキに醤油とワサビが合うのを知った。自分達で肉を持参すれば焼かせてもらえるはずだ。 
(※)このあたりのルールは現地で確認して下さい。

ブロークンリバー・スキークラブの名物として「ナイトスキー」が有名である。ナイターではなくナイト・スキーと言って夜に滑るのだ。ロープトゥーの支柱に投光器がセットされるらしいが、基本、ヘッドライトを点けて滑るらしい。
その夜は老若男女お酒を持ち寄ってワイワイ騒ぐらという。また、冬に小さなプールを設営して、スキーで水上を滑走して、距離を競うイベントもやっているようだ。

ナイトスキーの話題は、当時、スタッフとして常駐していた日本人女性のTOMOさんから聞いた。彼女の存在は噂では聞いていたが、荷揚げ用カーゴのシステムが分からず、右往左往していた時、突然、スピーカーから日本語が聞こえてきて驚いた思い出がある。モニターで見えていたそうだ。現在、スタッフの中に彼女の名前は無い。今はどうされているのだろう?懐かしい思い出である。
 
もう一つ、ブロークンの忘れられない思い出が、ここで出会った2名の日本人客である。ひとりは大学生のMOK君。英語はほとんど出来ないにもかかわらず、クラブフィールドに憧れて、単身、ブロークンまで来たのだという。もう一人はOLのTAKさん。この方も英語はほとんど出来ず、単身で来られていた。私は車だから気兼ねせずに来れるが、この人たちはどのような段取りでここまで来たのか?そしてどうやって帰るのか?こういう方達と出会うと、日本の若者も捨てたものではないと、つくづく思う。
(※裏を返せば日本人が比較的多いクラブということになる。)
 
 
 

【Web】
 
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【訪問履歴】
2007年8月13日(月) 13/Aug/2007(Mon)
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他のスキー場に雪が無く、行き先はブロークンリバーしかない状態。スマイリーズで一緒だった島根の大学生MYOK君を乗せ、SAK隊員と3名で出発する。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2007年8月14日(火) 14/Aug/2007(Tue)
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雪不足で選択肢は無く、ブロークンリバー2日目となる。
アクセス路で初めて怖い目に遭遇する。日本ではあり得ないことも起こるのだと、まざまざと感じさせられた。
ゲレンデは本日もパウダー祭り!
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
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◇◇ Craigieburn ◇◇解説

【 クレイギーバーン / Craigieburn 】
 

【解説】
クレイギーバーンは、クライストチャーチから伸びる73号線沿線の、クラブフィールド・スキー場群の4つ目に位置し、事実上、一番遠いスキー場である。しかし、73号線からの入り口は、ほぼ、ブロークンリバーと同じ位置で、距離も800mほどしか離れていない。ブロークンの入り口の、次のカーブを曲がった先に入口がある。
(※)73号線、沿線のクラブフィールドの最後はテンプルベイスンであるが、40km以上離れており、エリア的にも別と言える。
 →73号線のクレイギーバーンの入口;Googleストリートビュー
 
スキー場も、クレイギーバーンとブロークンリバーは、隣の谷同士にあたり、何となく感じが似ている。
リフトはロープトゥーが3本、縦に連なっており、細く狭い谷間にスキー場がある感じだ。初心者コースは皆無で、もっぱら上級者ONLY、ブラックダイヤモンドなコースが主体となる。

正確ではないが、2005年頃に、NZで一番ワイルドなスキー場大賞!みたいな賞を受けていたとして記憶している。今、調べても全くわからないのだが・・・

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駐車場からロープトゥー乗り場までは、森の小路を徒歩5分程度である

ゲレンデに着いて直ぐ、最初のBottom Towが初心者泣かせだと言う。片斜面に掛けられている上に、途中が屈曲しており、そこで脱落するスキーヤー、特にボーダーが非常に多い。ボーダーでこのBottom Towを乗りこなせるのは、相当な腕前ということになるはずだ。
 
また、このようなロープトゥーだから、ロープがガイドの滑車から外れることもしばしば発生している。ちなみに、ロープが外れても、自分がガイドの滑車の所に来た時に、ロープを滑車に乗せてやれば良い。
 
2003年頃、ミドルのレストハウスが建て替えられたらしく、私が訪れた2006年は、テラス付きの近代的なレストハウスとなっていた。ここにはトイレと小さな売店がある。

私が訪れた日は、悪天候でTop Towは運転中止、ロープトゥー沿いのAccess Chutesのみが滑走可能で、その他のコースは軒並みクローズだった。結果として、クレイギーバーンの魅力の、ほんの一部しか堪能できなかった。その日、Top Towが運転中止だったのは致命的だった。
その後、リベンジを掛けた2007年は雪不足、更に2008年は悪天候でクローズ・・と、結局、縁が無かった。

それでも、唯一滑れたAccess Chutesの岩場はワイルドだった。また、結構な降りの中での滑走は、雪質も超軽く、Bottom Tow乗り場に向かって落ちて行く感覚は、未だに瞼を閉じれば鮮明に蘇って来る。
驚いたのは、日本男児がたじろぐ様な岩場のトラバースを、若い白人女性テレマーカーが、躊躇もせずにぶっ飛んで行ったことだ・・・。民族性の違いをまざまざと見せつけられた感じがした。
 
視界不良のため、クローズされているAccess Gullyに入ってしまったら、Bottom Tow乗り場まで数名のスキーヤーが追いかけて来て、クローズだと注意された。スキー場スタッフではなくクラブ員だったと思われるが、ある意味、スキーヤーの安全意識の高さに脱帽した出来事だった。
 
下のメインロッジには小さなバーもあり、宿泊施設は充実しているという。私が訪れた時は、残念ながらバーもクローズしていた。

その後、クレイギーバーンを訪れることは無かったが、縁が無かった事ももさることながら、さほど行きたいと思わなかった理由の一つに、その雰囲気もあったように思う。日本人客が多く、やや、コマーシャルっぽい所があった。クラブ特有の素朴な感じに欠けているとでも言うべきだろうか・・・
 
いずれにしても、一度のチャンスでスキー場の全容を知ることができなかったのは残念な限りである。
 
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観光というほどでは無いが、このクレイギーバーン入口から、アーサーズパス方面に走ると、直ぐに下りのS字カーブがあり、そこを過ぎて3分ほどの所にLake Pearsonがある。

 

単なる山間の湖なのだが、その光景には心奪われるはずだ。ほんの数分の所なので、クレイギーバーンの帰りに、ぜひとも訪れてほしい。路肩が広く、一時駐車、可能である。
 
 →Lake Pearson;Googleストリートビュー
 
 
 
 
 
 

【Web】
 
Wikipedia English】
 
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【訪問履歴】
◆2006年8月14日(日) 14/Aug/2006(Sun)
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スマイリーズで知り合ったHTK氏をガイド役に、SAK隊員と共に、生まれて初めてのクラブフィールドであった。生憎の悪天候だったが、ロープトゥーも問題無く、また下の駐車場からヒッチハイクで、イギリスから来たマイクという若者を乗せたことも新鮮な思い出となった。
 





 

 
 
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